実行委員会メンバーが語る【びわ100と私】

今回は、営業チーム 伊地智遥さんです(^^)/

 

 

【びわ100とわたし】

3年前、会社の社長面談で、
何気なく、社長が歩かれると聞いた
100㎞歩行大会について話をしていて、その流れから、
「びわ100実行委員会やってみる?」
とお話をいただき、何かしたいなー。
人生がつまらないなー。と思っていた
当時の私は、面白そう!という理由だけで、
「やってみたいです!」
と、すぐに言いました。
全てはここから始まったんだなぁと思うと、
人生を面白くするきっかけは
そこら中に転がっているんだなぁと思います。

当時は仕事がうまくいっていなかった時期で、
今思うと、それは主体性がなく、
勝手に変えられないと思い込んで、
視野が狭くなっていたからだと思います。

しかし、びわ100に参画することで、
私を取り巻く環境は本当に大きく変わりました。

まず、びわ100実行委員会は、県内の
色んな会社の人たちが集まっていて、
皆さん本当に忙しい中でも、時間を作って
それぞれの得意分野を活かし、
必要な道具の手配、配布物の作成、
後援依頼、宣伝活動、運営マニュアルの作成、
挨拶回りと、他にもたくさんのことを、
0から会議を重ね、試行錯誤しながら行い、
作り上げてきました。

初めの頃は、勢いで入った実行委員会、
周りは歳がウンと上の人が多く、
こんなことができる、あんなことができると
そのすごさに圧倒され、
私に何ができるんだろうというネガティブ思考で
会議に出ることが少し憂鬱な時期もありました。
しかし、びわ100実行委員の人たちは
若造の私にも期待をしてくれて、色々と知らないことを
教えてくださるので、気付けばその経験が
自信になって、従来の型にはまらないやり方で、
自分にはできるという気持ちで
いろんなことに取り組めるようになりました。
そこから、仕事でも自分のことを出せるようになって、
同じ仕事なのに、すごく楽しくなったのを覚えています。

びわ100は、元々は石川チャリティー100㎞歩行大会から
そのノウハウと想いを受け継いでいます。
第1回目のびわ100開催前に石川へ行きました。
運営の様子をこの目で見た時、
100㎞歩行大会は本当にいろんな人の協力があってこそ
成り立つ大会なんだと感じました。
また、だからこそ継続することの難しさも覚えました。

石川100が石川テレビさんへ
継承される前の最後の大会で、
その時は石川の企業さんが集まり
運営されていました。
印象に残っているのは、そこの社員さんが
寝ずに鳴り続ける電話対応をされていたこと。
私たちが、石川100からノウハウと想いを
受け継ぎますと言った際に、
泣きそうな笑顔で応援しますと言ってくださったこと。
それだけ思い入れが強い大会であったことが
その表情から読み取れました。

そこから早3年。びわ100と共に
少しずつ成長したような感覚があります。
人が集まると、何でもできてしまうんじゃないかと思うほど、
想像もできなかった体験を
たくさん積ませてもらっています。

100㎞歩くことの大変さも、
それ以上か、同等かと思うほど
過酷すぎる大会運営の裏側も知っているつもりです。

でも、4年目の今も、こうして実行委員を続けているのは、
それ以上の感動があるからです。
サポーターをして人から感謝される喜び、
応援してくれる人へ感謝が深まり、
びわ100が一人一人に与える物語の深みに
感激し続けているからです。

その熱は個人から、少しずつ共感を呼んで
会社全体を巻き込み、
去年はびわ100が会社行事として
取り入れられるまでになりました(*⁰▿⁰*)
実行委員会をやりたいという
他のスタッフが増えたことも大きかったです。
皆でサポーターを経験し、
思いつく限りの、精一杯のおもてなしをしました。
それは、私たちエフアイという会社の
象徴的な物語として、スタッフ一人一人の
心にも刻まれています。

もしも、昔の私と同じような人がいるなら、
ただひたすら歩き続けるだけの時間を作って、
びわ湖の広大さに目を奪われながら、
時折やってくる疲労と、
受ける声援に心を動かされながら、
決して早くは過ぎていかない
ゆったりとした景色の変化を
楽しんでほしいなーと思います。

歩き終わったあと、
劇的な変化はないけれど、
これまで歩いてきた道と、
そこで起こった出来事は、
今でもずっと覚えているので、
それが私は一番の魅力かなーと思いました。

今年も何か起こると思っているので、
つまらないなんて思うことがなくなりました。
ただ歩くことでそれを感じられるようになったのは驚き!